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続・原発はいらない51

 耕さん、渾身の報告。一字一句もらさず読んでみて下さい。

<耕>

9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹氏の受賞スピ

ーチの原稿より一部(といっても後半のかなり長い部分)を引用します。


広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそうい

う意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、

また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々は

すべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使

を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射

能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにし

て止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験す

る、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありませ

ん。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損

ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否

感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊か

な社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上

がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の

安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は

膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だとい

う幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってま

かなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日

本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力

発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」とい

う脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」と

いう気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとん

ど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレ

ッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を

開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実で

もなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉

に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのよ

うな「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電

力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同

時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者

でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、

またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人で

すが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そ

してトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いま

した。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを

探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代

わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が

「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑

ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協

することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩

みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方と

なったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必

要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。

しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を

我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を

乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、

深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし

損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々

は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄に

するまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とし

た、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃っ

て畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくて

はなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関

われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくて

はなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくて

はなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のよ

うに、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにし

て、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻

らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きて

います。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力

の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつ

になっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満

ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そ

ういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇

りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依っ

て立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背

負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人

の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにも

なるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思い

ます。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々と

その夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできま

せん。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛

酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っていま

す。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になるこ

とができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作る

ことができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災

害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではな

いかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取り

を、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々

は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人は

いつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継

がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった

人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくだ

さったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝しま

す。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したい

と思います。

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コメント

川島和正氏のメールマガジンです。


震災から3か月がたち、

原発ニュースをチェックしている一部の人を除いては、

放射能に対して、だいぶ関心が低くなってしまったようです。

放射能に関する危険情報のサイトを見ても、

「無農薬」系とか「エコ」系サイトのノリになっていて、

一部の人の趣味みたいになってしまっています。



しかし、未だに原発はコントロールできておらず、

放射能は垂れ流しになっているのが現状です。

そして、その結果汚染された食品の

流通体制が整ってきているというのが現状です。



例えば、5月18日には、避難区域の牛2967頭が

移動されたり出荷されたりしました。

また、全国33都道府県が

被災地の牛を受け入れる意向を示しています。

つまり、すでに放射性物質を吸い込んだ牛が

他府県産として出荷され流通するわけです。



それから、魚介類についても、

三重水産協議会が漁船提供から魚の買い取りまで

一括支援すると発表しました。

つまり、放射性物質が垂れ流しになっている

東北地方沿岸部で漁業をして、

流通ルートにのせるというわけです。

三重水産協議会が販売するということは

関西などにも次々に広まります。

三重県産とは表示しないとのことですが、

表示なしか、業務用か、加工品として、

広域に流通することはほぼ間違いなさそうです。



というわけで、被災地支援という大義名分の元、

放射能汚染地域の食品が全国に流通しますので、

くれぐれも注意することをオススメします。

結局、生産者と流通業者の利益が優先で、

消費者の健康は後回しなので、

自分の身は自分で守るしかありません。



★ 全国にばらまかれる放射能汚染地域の牛肉

⇒ http://8ds.jp/120000.html

★ 全国にばらまかれる放射能汚染地域の魚介類

⇒ http://8ds.jp/120030.html

毎日新聞 6月12日(日)2時31分配信の記事です。

<関西電力>原発撤退などを株主が提案へ 29日の総会で

 関西電力が29日に大阪市内で開催予定の定時株主総会に、株主124人が原子力発

電からの撤退を求める議案を提出した。別の株主36人も建設から30年以上たつ高経年

化炉の廃炉を念頭に自然エネルギーへの転換を求める議案を提出した。関電が株主招

集通知で明らかにした。関電の取締役会は反対を表明している。

 原発撤退の株主提案は、東京電力福島第1原発事故で放射性物質が放出されたこと

を受け、「放射能の処理ができない原発はやめる」よう、定款の変更を求めた。撤退まで

役員報酬を支給しないことやプルサーマル計画の凍結など計7議案を提案している。取

締役会は「今後も、原子力を中心とした最適な電源構成を構築し、持続可能な低炭素社

会の実現を目指す」として、反対している。

 一方、自然エネルギーへの転換を求める株主提案は、「原子力発電から自然エネルギ

ー発電への転換を宣言する」よう定款変更を求含む10議案を提案。これについても、取

締役会は反対している。【横山三加子】

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