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続・原発はいらない43

 連日政局関連のニュースがトップで、何となく隠れ気味だが、フクシマ2号機では

建屋地下で蒸気が噴き出しているのが確認され、過去最大の放射線値を記録。

また作業員の被曝線量が年換算600mシーベルト越えとか、とんでもないことが

起こっている。扱いが小さくて東電はホッとしているか・・・。

もう一つ、平和な日常ならもう少し論議を呼びそうなネタも扱いが小さい。

大阪府での出来事。

日本国民って、言論、思想は自由ではなかったんだ・・・?

憲法で保障されているのではなかったんだ・・・?

個人の思想にスケールを付け、1~10までで表し、1を右翼、10を左翼とするなら

僕の立ち位置はまん中よりちょっと左より、5.5か6ってとこかもしれない。

別に意識はしていないけどね。

その位置にいても、さる高貴なご一族関連に関してはちょっとしたわだかまりを

持っている。若しくは無関心を装っているとか。

しかし態度を明確にしろと言うのなら、はっきり言って戦争責任や諸々も含めて

なるべく関わりたくはない。

日曜早朝なんかにテレビ各局が決まってご一族をあがめる番組を流しているが、

瞬時にチャンネルは変更するし、そう言った風潮にも嫌悪感を持つ。

宗教にも似たような物があって、新興宗教は別としても、特定の団体には

嫌悪感を持っているが、はなから無宗教者としてはクリスマスにお祝いもするし

元旦の寺院の鐘の音にも感動を覚えつつ、初詣をしたりもする。神社、寺院は

どっちでもよかったり^^

そういう意味で「国歌」を眺めると、オリンピックで日本人選手が活躍して日の丸が

揚がるBGMで流れることには感動しても、さて自分が歌うとなると、途端に

嫌気がさしてしまう。さる高貴なご一族をあがめる象徴としてのものだからだ。

君が世、勿論ご一族の事だが、それが千代に八千代にとご繁栄をお祈り申し上げる

となると、なんで俺が・・・ってね。

そう思ったって、別に反乱、暴動を起こす訳じゃないんだから自由でしょ?

現に教育の現場に3年間も関わった経験があるけれど、在職中、公の行事で

着席のままはしなかったけど、歌が流れる間、国旗を見つめることもなかったし、

歌ったこともない。壇上に上がるときの国旗一礼もすっ飛ばしたし。意識的に^^

繰り返すが、だからといって反逆的な行為は取るわけはないし、ましてや

その思想を他人に教えたり強制したりもしない。書いてるけど^^

だからこれを読んでる方の思想はもちろんだが、どうでも良い。

各自お好きにどうぞなのだ。

原発に賛成か反対か、1~10までスケーリングして決めろ、ってのとは

話しが違いますからね。

今回大阪府で橋下府知事一味が決めたのは、

歌わない奴は辞めさせるって条例。

橋下ってもう少しまともな奴かと思っていたが、とんでもなかった。

このあと、罰則規定も可決させるって言うんだからこれはもう弾圧そのものじゃ

ありません?

あ、対象は教育現場の教師が主なもの。

さっきの思想の右左も、思いっきり右の人も左の人もいらっしゃるから一概には

言えないけれど、だからといって法律で歌うことを強制して、従わなければ

処罰って、これはもう危ない国家そのものじゃありませんか?

まぁ、着席したままの教師のほうも大人げないような感じはするけれど。

僕のように立って下でも向いてりゃいいのに。

だけどね、和を乱す、とかが理由の一因ではこの場合無いだけに、今回の

この大阪の暴挙が日本各地の前例となったらそれはそれで危険だなと

危惧してしまうのでありますが・・・。

憲法違反じゃないの?

ただでさえ、東電から命を狙われているのでこれ以上危ない発言は避けますか^^

だから、オリンピックの時だけ国旗みつめますから。選手を讃えて^^

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時事通信 6月6日(月)18時8分配信の記事です。

「起立命令に再度合憲判断=君が代訴訟、反対意見も―最高裁

 卒業式などでの君が代斉唱時に起立を命じた校長の職務命令は違憲だとして、都立

高校の元教諭ら13人が東京都に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第1小

法廷(白木勇裁判長)は6日、命令を合憲と判断し、元教諭側の上告を棄却した。最高裁

による起立命令の憲法判断は、5月30日の第2小法廷の合憲判決に次いで2例目。

 5裁判官中4人の多数意見。宮川光治裁判官は「命令がそれぞれの思想をどの程度侵

害しているか再検討する必要があり、高裁に差し戻すべきだ」と反対意見を述べた。

 この日の判決は、30日の判決と同様に、起立命令は思想良心の自由を間接的に制約

するものの、教員として命令に従う立場にあることなどを理由に合憲と判断した。」

 「君が代・日の丸」の強制に反対し、起立しない等の意思表示をする動機は、

宗教的な立場の相違等もありますが、「君が代・日の丸」が侵略戦争のシンボルに

なっていたことに鑑みる方も多いと存じます。

 アジアの多くの方々が先の侵略戦争で肉親や知人の命を奪われあるいは自身が

略奪や強姦されたトラウマが、「君が代・日の丸」とともに蘇ると言います。

 「君が代・日の丸」の悲惨な歴史に慮る良心的な教員が、起立しないという

デモンストレーションを行うことは最高裁でさえ認めた思想良心の自由であり、

いかなる権力もこれを拒む権利を有しないと考えます。

 スポーツにおける「君が代・日の丸」の存在は、これを他の国歌・国旗に置き換えても

成立すると思います。

 新しい国の在り方が問われている現在、新しい国歌・国旗が求められているのでは

ないでしょうか。

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