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続・原発はいらない48

<耕>

脱原発の動きが広まっています。事故から3カ月の明日6・11、各地で集会が行われるよ

うです。


時事通信 6月10日(金)12時6分配信の記事です。


「株主400人が原発撤退を提案=28日に株主総会―東電

 東京電力は10日、定時株主総会を28日に都内のホテルで開催すると発表した。同社

の公表資料によると、株主402人が原子力発電事業からの撤退を定款に盛り込むよう議

案を提起した。総会では、福島第1原発事故への対応や収束の見通しについて株主から

厳しい質問が出るのは必至で、今回の株主提案も注目を集めそうだ。


 402人の株主は『未来の子どもたちに負の遺産を残し、地元に負担を押し付ける原発か

らは即刻撤退すべきである』と主張。東電取締役会は議案に反対の立場で、今後の原

発事業については『事故の調査結果やエネルギー政策全体の議論などを踏まえて検討

する』と説明している。」


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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あの産経新聞でさえ報じている記事です。


ローマ法王、伊の原発再開に反対発言

  イタリアは12、13日に原発再開の是非を問う国民投票を実施するが、イタリア国民

に影響力のあるローマ法王ベネディクト16世が再生可能エネルギーの利用を提唱し、暗

に原発再開反対の発言をしたことが分かった。イタリアのANSA通信が伝えた。法王は9

日、シリアなどの駐バチカン大使からの信任状を受け取る式典で「環境に配慮した生活

様式を選び、人類に危険を及ぼさないエネルギーの研究を開発することが政治と経済の

優先事項である」と述べ、再生可能エネルギーの必要性を強調した。(パリ 山口昌子)

TBS系(JNN) 6月11日(土)17時24分配信のニュースです。


震災3か月、各地で「脱原発」デモ

 福島第一原発の事故発生から3か月となる11日、東京・港区では、福島県からの市民

も参加して原発の廃止を訴えるデモが行われ、東京電力の本店前では抗議の声を上げ

ました。

 11日のデモは市民グループがインターネットなどで呼びかけたもので、この他にも全国

のおよそ100か所で「脱原発」を掲げる様々なデモや野外ライブなどが行われています。

 「放射能が止まらなかったら、またドイツに帰ることになるので、それが嫌で止めてほし

くて」(日本在住のドイツ人)

 「安全に(原発を運用)できる方法がまだ見つかってない。それなのに安全だ安全だと、

みんなそれを信じさせられて」(参加者)

 「もう原発全部止めてください。日本人を守ってください。お願いします」(参加者)

 横浜市では、およそ3000人が参加して、音楽を演奏しながら市内を練り歩く「サウンド

デモ」が行われました。参加者は音楽に乗せて、「太陽光発電」など自然エネルギーへ

の転換を訴えていました。

 9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹氏の受賞スピ

ーチの原稿より一部(といっても後半のかなり長い部分)を引用します。


広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそうい

う意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、

また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々は

すべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使

を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射

能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにし

て止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験す

る、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありませ

ん。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損

ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否

感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊か

な社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上

がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の

安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は

膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だとい

う幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってま

かなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日

本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力

発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」とい

う脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」と

いう気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとん

ど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレ

ッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を

開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実で

もなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉

に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのよ

うな「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電

力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同

時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者

でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、

またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人で

すが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そ

してトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いま

した。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを

探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代

わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が

「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑

ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協

することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩

みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方と

なったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必

要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。

しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を

我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を

乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、

深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし

損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々

は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄に

するまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とし

た、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃っ

て畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくて

はなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関

われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくて

はなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくて

はなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のよ

うに、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにし

て、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻

らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きて

います。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力

の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつ

になっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満

ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そ

ういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇

りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依っ

て立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背

負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人

の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにも

なるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思い

ます。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々と

その夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできま

せん。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛

酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っていま

す。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になるこ

とができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作る

ことができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災

害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではな

いかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取り

を、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々

は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人は

いつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継

がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった

人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくだ

さったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝しま

す。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したい

と思います。

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